「学校行事」の記事一覧

 

今日の福島小は、少し緊張した空気。避難訓練が行われました。

 

子供たちは黙って、素早く動きました。

机の脚をしっかり持ち、机の中に隠れる姿に「本気で取り組んでいる」気持ちが伝わってきました。

 

 

先生方の点呼の声が校庭に響きます。誰1人取り残さないように、人数を確認する。その声もまた、命を守るための大切な1つです。

 

訓練の後には、消防署の職員さんよるお話がありました。

子供たちにも分かりやすく、「なぜこの行動が大切なのか」を丁寧に説明してくださいました。

 

校長先生からは、

「正しく恐れてください」という言葉がありました。

 

恐れることは悪いことではありません。

ただ、漠然と怖がるのではなく、「どうすれば身を守れるか」を知り、備えること。

それが、子供たち一人ひとりの「生きる力」につながります。

 

訓練の時間は、ただの練習ではなく、日常の中で「安全を考える心」を育てる時間でもありました。

 

 

 

 

 

 福島小では、毎日の掃除も大切な時間。

クラシック音楽が流れてくると、子供たちはまずしゃがんで、今日の掃除の目標を決めるところから始まります。

 

(あそこをピカピカにしよう。)

(今日は早く終わらせたいな。)

 

それぞれが黙って決めるので、分かりませんが、きっとこんなことを考えているのだと思います。

 

 

 

 

 掃除するのは、自分たちが過ごす場所。下駄箱、廊下、トイレ、運動場...。

 自分たちの手で整えることで、「自分たちの場所だ」という感覚が自然に育ちます。

 

 ほうきの音、ぞうきんを絞る水の音、砂を掃く音、校舎のあちこちで、静かなリズムが生まれます。

 

 

 

 

掃除は、ただの作業ではありません。

「きれいになった」という結果だけでなく、その過程の中で、子供たちは心の整理をしているのかもしれません。

 

雑巾をかけてピカピカになった床を見ると、どこか気持ちもすっきり。掃除を通じて、空間と心が同時に整う瞬間があります。

 

そうやって校舎全体が、子供たちの手で清々しい空気に変わっていきます。

夏休みを終えて、子供たちが学校に戻ってきました。

久しぶりに会った子供たちは、日焼けした子が多くて、笑顔もいっぱい。

 

転校してきた友だちも加わり、福島小にまた、新しい風が吹きました。

言葉を伝え合い、分かり合おうとする自分たちでありたい。

始業式では、校長先生のお話。

テーマは、「違う考えの人と話すことの大切さ」でした。

 

子供たちはその言葉を、真剣に聞いていました。

 

その後は、夏休みの思い出発表。

「バッグを作ったこと」

「料理を作ったこと」

「段ボールで信号機を作ったこと」

それぞれが過ごした時間を、友だちと分かち合いました。

 

いろいろなことに挑戦して、「できた!」の実感が、子供たちを大きくしていきます。

 

今日は新しいスタートの日です。

みんなで食べた給食のカレーライスが始まりの合図のようにもなりました。

おなかも心も満たされて、福島小の2学期が元気に始まります。

 

 

 

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 夏休み中の福島小。

 子供たちの声が消えた校舎には、ときどき「ウィーン…」と電動工具の音が響きます。

 

 それは、子供たちの机を修理している音。

 

 ヒノキの天板。木のぬくもり。

 一つひとつの机に向き合って、ゆがみを直し、ネジを締める。2学期を気持ちよく迎えてもらうために。

 

 机のがたつきは、小さなストレスになります。ノートが傾く、筆箱が落ちる、姿勢が崩れる・・・・。

 

 だから、私たちは夏の間に少しでも整えたいと思っています。子供たちが見ていない時間に、インパクトドライバーを片手に、次々と職員が教室を巡る。

 「ここ、ちょっと浮いてるね。」

 「この脚にネジを入れよう。」

そんな会話を交わしながら、ただの修理ではない、「準備」としての仕事を重ねています。

 

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 もう1つの「静かな取り組み」が、職員研修。

 最近では、リモートでの受講も可能になり、夏の暑さの中でも、それぞれの場所で学び続けています。

「教える立場」だからこそ、学ぶ姿勢を忘れない。

 その思いは、どの職員にも共通しています。

 子供たちに「学ぶ意味」を伝えるなら、まず私たちが学びを楽しみ、問いをもち続ける大人でありたい。

 

 

 夏の校舎は静かですが、その中には、未来への準備の音と、学びの気配が確かにあります。

 

 2学期が始まる頃、子供たちはまた一段と成長して、ひとまわり大きくなった姿を見せてくれることでしょう。

 その瞬間を楽しみに、私たち大人も、それぞれの立場で準備を続けています。

 あったかいご飯。やさしいにおい。

 福島小の給食は、毎日、校舎の中で手作りされています。

 

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 給食調理室の中では、大きな鍋がぐつぐつ。調理服に身を包んだ調理師さん栄養士さんたちが丁寧に丁寧に1学期の給食を作ってくれました。

 給食って、どんなふうに作られているの?

 ・・・実はその答えは、想像以上に「本気」です。

 福島小の給食調理室は、まるで小さなレストランの厨房のようです。包丁やまな板、食器や加熱器は全てプロ仕様。

 そして何より、人の手と心が入っています。

 ・朝は8時過ぎから作業開始

 ・200人分以上の食材をそれぞれに計量・加熱

 ・時間管理もばっちり

 

衛生管理も万全。誰か一人が欠けても成立しない、チームでの営みです。

 

 夏休み、子どもの食事作りに悩む声をよく聞きます。

 だからこそ、学校の給食は、単なる「食事提供」ではなく、保護者の心を少し軽くする時間でもあります。

 また、SNSではたまに、給食の量や質に関する誤解が話題になります。

 でも実際には、限られた予算と制度の中で、最大限栄養と味を届けようとする人たちが、毎日ここにいます。

 

 2学期初日の献立は、始業式の後に、

  ・ カレーライス

  ・ いかくんサラダ

  ・ 開田産とうもろこし    

  ・ 牛乳            です。

 

 調理師さん栄養士さんの背中には、

 「おいしく食べてほしい。」

 「学校で安心して食べてほしい。」

 という思いが、静かに、そして確かに宿っています。

 

 

 夏休みの校舎はしんとしていて、子供たちの声も聞こえません。

 その静けさの中で、未来の準備が着々と進んでいます。

 

 

 福島小のタブレットが、この夏、新しくなりました。2学期からは、子供たちがピカピカの端末で学びをスタートさせます。

 今回のタブレット更新は、日々の学習に欠かせない「道具」の質を整えるための大きな一歩です。

 

 新しい機種では、

 ・画面の反応がスムーズになり

 ・バッテリーの持ちもよくなり

 ・より安心して使える設計になっています。

 

 

 

 

 夏休み中の暑いなか、業者さんが1台1台を丁寧に保管庫にセットしてくれました。

 こうした「誰もいない時間の中の作業」が、2学期からのスムーズな授業につながっていきます。

 

 

 

 思えば、すごい時代です。今や、子供たち1人ひとりが1台ずつタブレットPCを持ち、そこかしこで使うようになっています。

 ちょっと前まで、こういったPCはパソコン室で使っていました。

 学習内容や写真のやりとりも、今では、データのみで、クラウドの中に保存されます。

 A.I.も普及し始めて、自動運転も本格的に開発されるようになってきています。

 しかしながら、時代が変わり、周りの道具がいくら便利になっても、それを使う人々の本質は変わりません。学校で大切にすることは、どこの国でも、いつの時代でも、きっと一緒。

 ICT(情報通信技術)は学びを支える環境の一つです。それ自体は「学び」ではありません。今回のタブレット更新も、単なる機器の入れ替えでなく、子供たちの「思考」「表現」「つながり方」をより深めるための土台作りです。

 音声入力、写真記録、プレゼン資料作り、----。

 子供たちは、1台1台の端末を新しい鉛筆のように使いこなしていきます。

 だからこそ、機器が快適であること、安全であること、手にしやすいことが大切です。

 

 夏の間に整えたこの環境が、2学期からの子供たちの挑戦と創造の舞台になります。

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夏休みに入ると、福島小では保護者懇談会が行われます。

 

しんと静まり返った校舎は、普段とは違った雰囲気です。なんだか不思議な感じがします。

いつもは子供たちの声で賑やかな教室に、この日ばかりは保護者の方と教職員のみが座っています。

いつもと違う教室は、子供たちが歩んできた1学期が、静かに浮かび上がってくるような気がしました。

 

保護者懇談会は、「学校と家庭とがつながる時間」。

学習面や健康面のことだけでなく、その子がどんなふうに毎日を過ごしていたか、

どんな場面で笑っていたか、

どんなことで悩んでいたか、

担任が見て感じたことを、丁寧にお伝えしました。

 

学校と家庭、どちらか一方ではなく、一緒に育てているんだという実感が、この時間にはありました。

 

 

 

懇談会という時間は、「過去を振り返る時間」だけではなく、これからを一緒に考えるための時間でもあるのではないでしょうか?

 

学力、生活、心の成長。

子供たちは、様々な場面で伸びたり止まったり、ゆらいだりしています。

それを大人が「ともに見守る」という構えで話すことができれば、学校はもっと安心して過ごせる場所になります。

 

 

 

懇談会でお伝えするのは、点数ではなく、歩んできた道のりと、これからのまなざしです。

保護者の皆さんの声が、子供たちを後押しし、私たち教職員の背中もそっと支えてくれています。

ありがとうございます。

 

 

 

 今週24日、1学期の終業式が行われました。校長先生と一緒に、全学年の1学期の学びをスライドショーで振り返りました。子どもたちは、通知表をもらい、先生たちから話を聞きました。これで、1学期の学びが一区切りとなりました。

 

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 その前日には、地域の伝統行事「水無神社例大祭」が行われました。22日(月)は例大祭の準備と初日の行事があるため、午前中のみの授業。

 23日(火)は本祭のため、学校はお休みとなりました。お祭りが近づくにつれ、子供たちの表情にはそわそわとした楽しみの色がにじみ出ていました。

 

 

 

 

 

 教室では担任の先生が児童一人ひとりに通知表を手渡して、この1学期の成長や頑張りについて丁寧に言葉をかけていました。子供たちはまっすぐ先生の目を見つめて、時に嬉しそうに、時に少し緊張した面持ちで耳を傾けていました。

 お祭りと終業式が続いたこの1週間は、学びと地域が地続きでつながっていることを実感する時間でした。

 学校は「学ぶ場所」であると同時に、「地域と生きる場所」でもあるということを、子供たちは身をもって体験しているのではないでしょうか? 

 

  そして、1学期最後の給食はーー子供たちが大好きな「ハヤシライス」!

給食室から漂う香ばしい香りに、思わず笑顔がこぼれていました。

「おかわりおかわり!」

「先生見て、ルーだけ大盛り。」

教室中が、夏の始まりを感じさせる、わくわくした空気に包まれました。

子供たちの心は、もう既に夏休みです。

 

25日から、子供たちそれぞれの「夏」が始まります。

たくさん遊んで、たくさん感じて、元気いっぱいに過ごしていってほしいと願っています。


 

 

 ヒマワリとホウセンカを育ている小学生たち。ある日、どちらか好きな花を選んで、その名前を漢字で書いてみることになりました。

「日に向いてる咲くから向日葵(ひまわり」

「指に赤がつくから染指草(ほうせんか)」

 そう教わると、漢字ってちょっと面白く見えてきます。

 毛筆を持ちながら、花を観察する子供たちの姿が印象的でした。

 

 

 

 

 

 

 福島小では、教科の枠を超えた「単元内自由進度学習」を行っています。今回3年生では理科と国語(書写)をつなげ、「観察した花を、自分の手で漢字にする」という試みに挑戦しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 子どもたちは、花の形だけでなく、その意味や成り立ちにもふれていきました。

 太陽を見ているヒマワリ、指を赤く染めるホウセンカ、そんな実感が、「文字を書くこと」への動機になっていきます。

 Aさんは「なんか下手・・・」とつぶやきながら、自分から手本を開いて何度も練習していました。

「うまく書きたい」という気持ちが、自然と出てくる。その空気がこの教室にはありました。

 

 

「好きな花を選んで書く」

 それだけのように見えて、これは「自分で選ぶ→観察する→意味とつなぐ→表現する」という流れが丁寧に用意された時間です。

 

 一方通行の「覚えさせる」学びではなく、子供が自分の手でつかんでいく学び。

「向日葵」「染指草」も、ただの文字ではなく、自分が観察して選びとった、気づきのかたち。

 

「書いた」というより、「自分の中から生まれた漢字」として、そこに残っていました。

 

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 福島小では、校舎内の至る所にピアノが置かれています。子どもたちは自由に弾いています。音楽室以外にも、廊下、広場、場所は様々です。ピアノの周りには人が集まり、自然と連弾や合唱が始まります。(たまに踊りだす子もいます。)音楽室の楽器も自由に使えるようになっていて、子供たちはセッションをしています。

 

 音楽室を飛び出して、広場で合唱の練習・・・なんてことも起こります。ストリートピアノのようで、新鮮ですね。吹き抜けの校舎には、いつも誰かの奏でる音が、ふわっと流れています。

 

 誰かが弾き始めると、それを合図にして人が集まります。1人ならソロ、2人ならデュエット、3人ならトリオ、4人でカルテット。そんな言葉を知らなくても、子供たちは感覚でそれらを楽しんでやっています。音があるから手が伸びて、誰かと関わります。それは、今そこで、鳴る音が、心を動かすからではないでしょうか。

 

楽譜も、ルールも、上手い下手も超えて、「音が鳴ったから、誰かがが集まって、心が揺れる。」

それだけで子どもたちは響き合っていました。

 

教えることができないものが、そこにあります。

私たちは、それを、「音楽」と呼ぶのかもしれません。

 

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